クリエイターのための自営学

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「辛」に一を足すと、「幸」になる。なるほどねぇ。
夢を実現する宝地図の著者、望月俊孝さんから。

幸せという花があるとすれば
その花の蕾のようなものだろうか

辛いという字がある
もう少しで幸せになれそうな字である

これは、首から下が麻痺してしまったにもかかわらず、
大変な努力の末、口に筆をくわえ、ステキな詩画集を描くようになった
星野富弘さんの詩です。
この詩にあるように、「辛(い)」に横棒の「一」を足せば
「幸(せ)」になります。


なるほどねぇ。。。

漢字の話は色々あるが、
例えば、「自信」とは自分を信じる力とか、
「儲ける」とは、信者(ファン)を増やすこととか。

「辛い」に一を足すと「幸せ」になるというのは、初めて聞く。

そうだよな。
仕事でもなんでもいいけど、「幸せ」を感じられる境地にたどり着くまでには、
色々な苦労や失敗がある。
その途中で、全てを「辛い」と感じてやめてしまえば、
「幸せ」には手が届かない。

あと一歩、あとちょっと頑張れば。。。
だから、あきらめないことが大事だといわれる。
(勿論、事と次第によるけれど)

また逆に、「幸せ」と言う字には、
「辛さ」が隠れているということだ。
単純にワクワク、るんるんだけでは、
「幸せ」は手に入らないということ。

でも、達人がいる。

傍から見て、なんて大変な苦労をしているんだと思っても、
本人は、いたって楽しい。
「辛い」ことを苦と感じていない。

そういう人には、大きな「幸せ」が訪れることだろう。


「幸せ」つながりで

父の名言というか家訓のようなもの 楽しい
 
今を幸せと思えない人間に、一生幸せはやってこない。

この言葉、けっこう深いよね。


 
30で自立、40で不惑、さて50では?
孔子の「論語・為政第二」より。

子曰はく、「吾、十有五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑はず。五十にして天命を知る。六十にして耳順ふ。七十にして心の欲する所に従へども、矩を踰えず」と。

■『論語 〔為政第二〕』の意味

孔子は言います。
私は、十五の時に学問で身を立てようと決心しました。
三十の時に、学問などの基礎がきちっとして、独り立ちができるようになりました。
四十の時に、狭い見方に捕らわれることなく、心の迷いがなくなりました。
五十の時に、天が自分自身に与えた使命を自覚しました。
六十の時に、何を聞いても素直に受け入れることができるようになりました。
七十の時に、自分がしたいと思う言動をしても、人の道を踏み外すことがなくなりました。
と。


50で「天命」を知り、60で他人の言葉が「素直に聞ける耳」を持てる。 (ふぅ〜ん ふ〜ん)

70で、自分の欲望に従っても、倫理的規範から逸脱しないという「境地」に到達。 (ふぅ〜ん ふ〜ん)

長老の政治家が、50、60は、鼻たれ小僧と言うが、
境地に達するのは、70になるのかぁ。。。

50代の安部さんは、ようやく天命を知りかけた頃(?)。
人の言うことに耳を傾けられるには、まだ時間がかかるということか。

亀の甲より人の功。
経験を積むことで、人間として円熟していきたいものだ。

  
人生は甘いもんだ!?
人生は、甘いもんだ。
何度でも、やり直しがきく。


先生が、受験に失敗した教え子に、贈った励ましたの言葉だそうだ。



今朝、購読しているメルマガの中に、こんな数式があった。

「すべての行動(10)」=「失敗(9)」+「成功(1)」

つまり、

「成功(1)」=「すべての行動(10)」ー「失敗(9)」

成功を手にするまでには、何度も失敗を繰り返す。
これを、成功するために必要な試行錯誤と思えば、失敗ではなくなる。

このことを、頭や理屈じゃなく、体で分かった時、人は“前向き”になれるのではないかと思う。